先日の事ですが、知人に〝浦和で美味しい鰻屋さん〟と言われるお店に連れて行ってもらいました。知人曰く、「そんなに魚が好きなら一度、浦和の美味しい鰻屋さんに連れて行ってあげたい」との事でした。
実は、こういう事って結構ありまして、僕が魚好きだということを知ると、「魚が美味しいお店知ってるから今度連れて行ってあげる」と言ってくれる方が多いんですね。
その親切はとても嬉しいのですが、実際に食べてみると全然美味しくない事の方が多いです。何しろ僕は、日本全国のありとあらゆる場所で美味しい水産物を食べてきている訳ですから、〝ちょっと地元で美味しい〟程度では、僕の基準から言えば美味しくない部類に入ってしまいます。
もちろん、何度も言うようですが、その行為自体はとても嬉しいし、美味しいものを共有したいと言う気持ちもわかります。
そして、僕もそういう親切に対しては無碍に断ることもできないので、一応、連れて行ってもらったりして「どうです?美味しいですか?」と絶対に聞かれるので、「はい、期待してませんでしたが美味しいです」とお世辞でも答えるようにしています。
だって、「全然おいしくないです」と正直に言ってしまったら、その人は美味しいと思って連れてきてるんだから、折角の楽しい食事が台無しになってしまいますし、その後の空気も悪くなりますし、大体が奢ってくれるので、その相手に対して「美味しくない」と言うのはやはり大変な失礼にあたるわけです。
だから普段はお世辞なんか言わない僕もこの時ばかりは空気を読んでお世辞を言うようにしています。でも、実際は全然美味しくないわけです。むしろ不味いし、魚のことを何も分かっていないお店だったりします。非常に残念な結果になることが多い。というか、人がおすすめしてくれるお店で美味しかった試しがないです。なのでこの、嘘をつきたくないのに嘘をつかざるを得ない状況というのが誠に心苦しいのです。
食事が終わって解散した後に、つい溜め息が溢れてしまうようなあの感覚、良かれと思ってお店に連れて行ってくれた知人の親切心に応えられない自分がちょっとだけ嫌になるあの感覚、誰も悪くないんだけど何故か自分だけは救われないあの感覚…。
というわけで、先日もまたそんな経験をしてしまいましたので、そういう僕のやり場の無い感情をここで成仏させていただきます。美味しいうなぎを食べたい方の参考になれば幸いです。
本当に美味しい鰻の蒲焼はそんなもんじゃない
〝美味しいうなぎの蒲焼を食べたい〟
〝日本一美味しいうなぎの蒲焼を食べてみたい〟
もしかしたら、あなたもそんなことを考えたことがあるのかもしれません。しかし、素人の方にはお店選びが難しいですよね。
鰻屋さんって調べてみると結構たくさんありますし、判断基準が口コミくらいしかないのではないでしょうか?しかも、多分、鰻自体がそもそも美味しい魚というか、最初からポテンシャルの高い魚ですし、蒲焼といえばタレの味もあるので、下手したら素材がそんなに美味しくなくてもタレの味で美味しいと勘違いしてしまって、実はそんなに美味しくないのにそれなりに満足できちゃったりする料理なんですね。
「なんちゃってうなぎの蒲焼研究家」の僕からすると、鰻屋さんにいるお客さんって、なんかそういう素人の方が多いな〜という印象です。僕も全国でいろんな鰻屋さんに行ってますから、美味しくないのに口コミだけで流行ってて異常に評価の高いお店とかにも行くこともあるんです。
そういう店内で、一人で黙ってテーブルに腰掛けていたりすると、周りのテーブルの奥様たちの声が聞こえてきたりするんですね。「やっぱり美味しいね」とか「ココが一番だよね」とか。
そりゃ、味覚は人それぞれですよ。その人が美味しいと感じて、幸せな気持ちになるってことは素晴らしいことです。別にそこに対して口を挟むつもりはありません。
しかしですね、実際に食べてみると40点とかなんです。どう考えても身が薄いし小さいし、焼き方も下手くそだし、炭火で焼いてないし、そのくせ6,000円とか平気で取るし、「こんなの40点もいいとこですよ!」と店内の中心で叫んでやりたいくらい美味しくないんです。
いやいや、奥様!こんな程度で満足していたらダメですよ!僕と一緒にもっと上を目指しましょう!共に日本一の頂に立ちましょう!とでも言ってあげたい気持ちをグッと堪えてお店を後にするんです。
だから、多くのお客さんは本当に美味しいうなぎの蒲焼を知らないんですね。それもそうですよね。口コミなんかでお店を決めていたらいつまで経っても美味しいうなぎの蒲焼に出会うことなんてできません。口コミは他人の味覚をトレースしているだけですから、その口コミに引っ張られて美味しいと錯覚しているようなものなのです。
それではダメです。やはり自分自身の中に「美味しいうなぎの蒲焼とはどういうものなのか?」というある種の「物差し」のようなものを作るしかないのです。その判断基準をもとに、良い店とそうではない店を見分けることができるようになれば、あなたも一端の「なんちゃってうなぎの蒲焼研究家」の仲間入りです。ぜひ、セミプロを目指していきましょう。本当に美味しいうなぎの蒲焼を知ることで、人生の豊かさにもっと深みが増します。あなたの世界観がもっと広がります。だから美味しい鰻の蒲焼に必須の「5つの条件」をお伝えします。
【美味しい鰻の蒲焼5つの条件】その1:使用する鰻の素材的資質
まず、料理は材料からです。例えば、鳥の唐揚げを作るとしましょう。普通はそこら辺のスーパーでブロイラーの鶏モモを買ってくることになるかと思います。しかし、その素材をブロイラーではなく、国産の一番高い鶏モモに変えるだけでその鳥の唐揚げは見違えるほど、舌違えるほど美味しくなります。
例えば、主婦の方が家族に毎回同じ鳥の唐揚げを作っていたとしましょう。そこで突然、最高級鶏モモに変えて作ってみるんです。味付けは全く同じでいいです。素材だけ変えるんです。そしたら絶対に家族は気付きます。「なんか美味しい!」と絶対に言います。
世の中にはいろんなレシピがあります。ネットにも書いてあるし、料理本にも書いてあります。
しかし、多くのレシピには素材の指定までは書かれていないのです。ピザを作るのにイタリア産のサッコロッソの強力粉を使用してください。とは書かれていないのです。でも、本当に同じ味をレシピで再現したかったら強力粉の種類まで指定するべきだし、鳥の唐揚げなら仕入れ先まで書いていないとおかしいのです。
鰻も同じです。料理の味を決める一番の要因となるのはなんと言っても「素材」です。最上の素材を使用し、最上の取り扱いを経て、最上の調理をすることで、最上の料理となるのです。
なので、鰻なら国産は当たり前になるかと思います。中国でも鰻の養殖は行われていて、中国産も時期によっては十分に美味しいのですが、やはり輸送状態や鮮度の劣化などを考えれば現時点での選択肢は国産の鰻を使用しているお店を選ぶべきでしょう。
「え?お店の鰻は国産じゃないお店があるの?」と思われるかもしれませんが、今、日本国内の鰻の流通量の中で約7割は中国産の鰻です。普通に中国産の鰻を使用している鰻屋さんは沢山ありますし、同じお店でも値段の違いとかで、一番安い鰻丼は中国産を使用して、一番高い鰻重は国産とか使い分けているお店なども沢山あります。むしろ、国産で統一しているお店の方が少ないくらい。
なので、「お店のこだわり」みたいなところで、「当店で使用している鰻は全て国産です」と明記していないお店は使い分け店か中国産使用店なので、そういうところで見分けることができます。しかし、何度も言いますが、中国産でも時期によっては国産と全く遜色ない場合がありますので、「安くて同じ味なら中国産でいい」というお客さんがいてもおかしくないですよね。そのあたりは好みになりますが、「本当に美味しいうなぎの蒲焼」という目的で考えるなら、やはり値段のことを無視しなければなりませんので、国産使用店という選択になるかと思います。
続いて、天然か養殖か?という問題がありますが、全国にある鰻屋さんで天然の鰻を取り扱っているところはそんなに多くありません。僕も天然の鰻はお店ではほとんど食べたことがなく、四万十川のお店と島根と岡山で食べたくらいでほとんど経験がないのでなんともいえませんが、それが美味しかったかといえば身も細くて脂ものっておらず、全然美味しくありませんでした。お店の調理が下手くそだったということを除いても、素材的にも美味しくありませんでした。
それよりも、自分で釣った天然鰻の方がはるかに美味しくて(うちの近所で鰻が釣れる川があります)、天然の場合は「個体差がありすぎる」というのが個人的な印象です。一番美味しいのはやはりなるべく大きくて太くて肉厚でお腹が金色に輝く天然鰻が一番美味しいと思います。
「日本一のうなぎの蒲焼き」というものがもしこの世にあるとすれば、それはおそらく、極上の天然の鰻を使用した蒲焼きになるでしょう。日本全国に鰻屋さんはありますが、そのほとんどは養殖の鰻を使用しています。
近年では鰻の養殖技術も進んで、今では天然とほぼ同等か、もしくは養殖の方が美味しいのではないか?と言われたりしていますが、実際のところは、鰻の完全養殖という技術がまだ実用化されていませんので、養殖物とは言っても、結局は漁師が海で鰻の稚魚であるシラスウナギを掬ってきて、その稚魚を成魚になるまで育てているというだけのことなので、「天然」や「養殖」とは言いつつも、育てているのは元々天然だった鰻です。
なので、魚の遺伝子的なポテンシャルに天然と養殖の違いはないということです。そして、天然と養殖の味の違いというのは、育った環境と育った餌が違うという、ただそれだけの話なのです。
しかし、ここが一つややこしい部分で、先ほどもお伝えしたように天然でも全然おいしくない鰻もいます。養殖でも成長度合いが違ったりと個体差はありますが、養殖の方が断然、品質が安定しています。成長に違いはあれど、だいたいどれを食べても同じ味です。
なので、天然の美味しくない個体よりも養殖の方が美味しいということは全然あるし、養殖では絶対に敵わない極上の天然鰻もいるんです。天然は個体差が激しいので、AランクからDランクくらいまであると思っていた方がいいです。その基準でいくと、養殖はBランクとかそこら辺に属すると思います。
しかし、今は、素人の方が美味しい鰻のお店を見分ける方法という文脈でお話をしていますので、釣りでしか手に入らない極上の天然鰻のことは置いといて、あくまで「お店で食べられる」という基準で話を続けますね。
そして、その基準で言えば、「国産の養殖物」を取り扱っているお店を選べばいいということになります。中国産のヨーロッパウナギではなく、国産の養殖のニホンウナギを取り扱っているお店にしましょう。
次に、「何県の鰻が美味しいのか?」という問題があります。日本国内で鰻の養殖が盛んなのは、鹿児島県→愛知→宮崎→静岡という順番の出荷量になっています。なので、やはり養殖が盛んな地元には沢山の鰻屋さんがひしめいており、そこでは必然的に競合が生まれて味が良くなっていく傾向にあるので、鹿児島県、愛知県、宮崎県、静岡県で美味しいお店を探すことをオススメします。
ちなみに、地域ごとに養殖の餌の配合も違いますし、水温も違いますし、タレの味や調理法も全然違いますので、同じニホンウナギでも味は全然違います。この辺りのことは後述することにしますが、地域ごとの特徴は好みになると思いますので、ここではあえて何県が一番美味しいという明言は避けます。ぜひ、ご自身で先ほどの4県を回っていただき、鰻が一番美味しいと思う地域トーナメントを開催してもらいたいと思います。鰻旅行なんて素敵じゃないですか。楽しそうでしょ?
そして、時期ですが、養殖であればいつでもいいと思います。夏でも冬でもそんなに品質に違いはないと思います。
天然の鰻であれば秋〜冬の冬眠前です。「土用の丑」というイベントがあるので、世間的には鰻は夏の食べ物と言われることが多いですが、基本的には魚というのは冬の方が美味しいことが多いのです。
例えば、ブリやサワラなどの回遊型青物は南の暖かい海から北上してきて、海水温が下がるにつれて脂肪を蓄えるようになります。餌となるイワシなどの脂がそのまま内臓脂肪や皮下脂肪になり、それが即ち、俗にいう「脂がのった状態」になるというわけです。
その理屈で考えると、魚がより脂肪を蓄える水温の方が魚は脂がのって美味しいというわけなんです。
他にも、北海道のアイナメ、大間のクロマグロ、アラスカのキングサーモンなども、やはり水温が低い場所で取れた方が美味しかったりします。僕も釣りが大好きなので、これは間違いないと思います。よく魚屋さんや水産業界で「今が旬」と言われていたりしますが、それは違います。
「今が旬」というのは、「今、近海で獲れている」というだけなので、「今、近海で獲れています」という表現が正しいのです。例えばブリなどであれば、僕の地元の愛知では、冬になると伊勢湾に回遊してきますが、実際に釣って食べてみても全然美味しくありません。これのどこが「今が旬」なんだよと思いますが、むしろ、普通のハマチの方が美味しいくらいで、ブリを釣る楽しさはありますが食べる喜びはあまりないのです。
そして、愛知の僕の釣り針を運よく潜り抜けたブリ達は黒潮に乗って、三陸沖を通って北海道の羅臼まで行きます。その羅臼で獲れるブリは脂が最強にのっていて最強に美味しいのです。同じ個体でも獲れる時期と場所で味は全然違います。
だから、羅臼で獲れるブリのことを「今が旬」というのは正しいと思います。でも、それ以外の時期と地域でブリのことを「今が旬」というのは間違っていると思います。
話が少し逸れましたが、つまり、魚というのは基本的に、魚が皮下脂肪を蓄える水温が低い時期の方が美味しいというわけです。養殖の鰻であれば、水温も調整してますし、餌で脂をつけることもできるので、一年中品質が安定しているといえますが、もし、最強に美味しい鰻を食べようと思ったら、天然の鰻を冬眠前に捕まえて食べるのが一番美味しい時期だと言えるでしょう。
【美味しい鰻の蒲焼5つの条件】その2:血抜き長期熟成
魚屋さんYouTuberで有名な「津本さん」という方がいます。この津本さんは「究極の血抜き」という独自の魚仕立て方法を開発し、これまでにない魚の長期熟成を可能にした魚屋業界の革命児なのですが、この津本式究極の血抜きを鰻で実践し、「鰻を熟成させる」という動画がありました。(https://www.youtube.com/watch?v=l56ePKdG9Lo&t=309s)
僕も見よう見まねで釣ってきた鰻に津本式究極の血抜きを実践し、1週間ほど熟成させてみましたが、それはそれは最強に美味しかったです。今までの鰻はなんだったんだ…とこれまでの鰻の味の概念を大きく覆されることになる体験でした。「鰻の味」ってあると思いますが、その鰻の味の奥行きが3倍くらいになっていて、濃いめのタレで焼いてもタレの味に全然負けないので、「これが本来の鰻のポテンシャルなのか…」と感心しました。
鰻の血には毒がありますから、しっかりと血抜きをする必要があるのですが、津本式究極の血抜きであれば、鰻の体に一滴の血も残さないので長期熟成が可能になります。さらに、魚特有の「生臭さ」とか「泥臭さ」とか「磯臭さ」というのは、実は血の味なんです。魚の筋肉に残った血が日を追うごとに腐敗していき、その血の味を「生臭い」と感じているだけだったのです。
そういう背景があるので、「魚は鮮度が命」と言われるようになったと思うのですが、津本式究極の血抜きでは魚の体内に1滴の血も残しませんから、魚の「生臭さ」とか「泥臭さ」とか「磯臭さ」というのは全く無くなります。その上で、長期熟成することで、魚の筋肉内にイノシン酸が生成され、より豊かで芳醇な味わいになり、味に深みと奥行きが生まれるというわけなんです。
これが、今の魚業界の新常識です。
そして、この津本さんがYouTubeで広めた津本式究極の血抜きが水産業界に広まると、僕を含めた全国の釣り師は釣ってきた鰻を血抜きして「鰻の長期熟成」という新しい仕立て方法に挑戦してみたのです。中には30日も鰻を冷蔵状態で熟成させる強者も現れ、瞬く間に釣り師業界に激震が走ったのです。
おそらく、この鰻の「長期熟成」という概念を知っている鰻屋さんは少ないでしょう。これまでの処理法は、活け鰻を仕入れてきて、生きたまま捌いてそのまま焼き台に乗せて焼くという方法でしたが、今もその処理方法が正しいと思っている鰻屋さんがほとんどです。
というか、釣り師でもない限り、鰻の長期熟成なんてまずやっていないでしょう。
しかし、本当に味が違うのです。魚の旨み成分といえば「イノシン酸」というアミノ成分ですが、これは鰹だしなどの主成分になります。つまり、日本人が「美味しい」と感じる味なのです。どんな魚でも、活けの状態ではその筋肉中にイノシン酸は含まれていません。魚が生きている時は泳いだりして、筋肉中に乳酸が溜まっているので、その乳酸のせいでイノシン酸が増えることができないのです。
なので、食べる前の仕立ての段階で、脳締めをし、神経締めをして、津本式究極の血抜きをして、そして冷蔵庫の中で安静にしてじっくりと寝かせるのです。そうすることで、脳締めから数時間経つと徐々に筋肉中にイノシン酸が増えてきて、魚の旨みが増すという理屈です。そして、鰻も例外ではなく、締めてから数時間経たないとイノシン酸は発生しないので、締めてからすぐに調理してしまうと、鰻本来が持っている味を最大限に引き出していない状態で食べることになるので、美味しくないというわけなんです。
銀座の高級寿司店などではもう魚の長期熟成は当たり前になってきていて、熟成寿司を当たり前に出すお店も増えてきました。なので、今後は鰻業界も長期熟成させる鰻屋さんが増えてくるでしょう。手間も時間もかかるので、おそらく単価は上がることになりますが、それでもやはり長期熟成させないと鰻は美味しくありません。もう全くの別物だと言ってもいいでしょう。長期熟成仕立てを行うお店が増えれば、きっと鰻の概念が大きく変わると思います。
今はまだそういうお店はありません。しかし、そういう鰻の仕立て方法があるんだなと思っていてください。
【美味しい鰻の蒲焼5つの条件】その3:炭焼きの技術
続いて焼き方です。鰻屋さんもいろんなお店があるので、いろんな焼き方があります。
まず、大きな違いで言えば、電気で焼くか、ガスで焼くか、炭で焼くか、この3つの違いがあると思います。
それぞれ簡単に説明しておくと、電気グリラーは火力が均一ですが、全体的に火力が弱いので、鰻の中までしっかり火を通そうと思うとパサついた焼き上がりになります。なので、電気グリラーを使っている店はもうその時点で美味しくない店です。
次に、ガスグリラーですが、ガスは電気グリラーに比べて火力が強く、直火で焼くので香ばしさも出ます。しかし、使用するプロパンガスは燃焼する際に水蒸気が出るので焼き上がりが水っぽくなります。蒲焼ならいいかもしれませんが、白焼などでは絶対にアウトです。
なので、既にご存知かもしれませんが、やはり、焼き物は炭は一番美味しいです。炭焼きのメリットは、高火力の遠赤外線で焼くので、短時間で中までしっかりと火が通り、外はカリッと仕上がります。そして、1番のメリットはタレを付けて、そのタレが炭に落ちて蒸発するのでタレの香りと炭の香りを鰻に纏わせることができる点です。
蒲焼というのは、炭で燻焼きにしてこそ本当に美味しく焼き上がりますので、ハッキリ言って、ガスと電気は論外ですしそんなお店には行かない方がいいです。よく、焼き場をガラス張りにして、焼いているところをお客に見せているお店がありますが、そういうお店では電気やガスグリラーを使用しているのが見てわかりますから、お店に入る前にダメな店と判別できるので便利です。あとは、お店の裏とか、店内のどこかに炭の箱があればちゃんと炭で焼いていることがわかるので、そういうお店はとりあえず、試食してもいい店ということになります。
では、焼き方ですが、鰻の焼き方には2種類あって、関西風か関東風かで分かれます。その違いは焼く前に「蒸し」の工程を入れるかどうか?ということで、関東では鰻を捌いた後に一度蒸し焼きにして、それから焼き台にのせます。関西では捌いた後にそのまま焼き台にのせて焼きます。
「そのどちらがいいのか?」ということについては好みが分かれるところなので、なんとも言えないのかもしれませんが、個人的な意見を言わせてもらうなら、関西風の方がいいと思います。なぜなら、そもそも「蒸す」という工程は、鰻の食感を柔らかくする為、余分な脂を落とすため、と言われていますが、僕はその必要はないと思っているからです。
炭焼きのことをよく知っていて、考えてみればわかることですが、まず、「鰻の食感を柔らかくするため」という理由の本当の意味は、「柔らかくない鰻を使用しなければならないので、蒸すことで無理やり柔らかくします」ということなのです。
本来、鰻というのは筋肉が柔らかい魚です。ちゃんと大型で肉厚の鰻を使用すれば柔らかいですし、皮目は硬いですが皮目もちゃんと炭火でしっかり焼いてやればパリパリになって歯で噛みきれないということもありません。なので、硬くて品質の良くない安い鰻を使用しているから蒸す必要があるというだけのことであって、関東ではそれが文化として残ってしまっただけです。関東の有名なお店に行っても蒸してあるので、鰻本来の食感は失われ、鰻本来の脂の旨みは失われ、「なんでわざわざ美味しいものをこんなに不味くするのだろう?」と疑問に思うほどです。
上質な鰻を使用し、生のまま炭火で一気に焼き上げた方が絶対に美味しいに決まってます。蒸すことで柔らかくなると言いますが、そもそも最初から柔らかい鰻を使用していない時点でダメです。あの肉厚でグニュグニュの食感が美味しいのに、それを無くしてしまったら美味しさ半減です。
さらには余分な脂を落とすとも言いますが、そういう脂の量は炭火の技術で調節するものです。つまり、炭焼きの技術がないから蒸して逃げているだけなんです。
確かに、炭焼きの技術を習得するには長年の修行が必要です。炭一本にしても、火が付いている部分と付いていない部分がありますし、その炭同士の配列で火力は全然変わってきますし、炭自体が燃焼するタイミングによっても火力が変化していきます。
焼き台全体の火力を調節する技術、
供給する酸素量を調節する技術、
常に変化し続ける温度変化を敏感に感じ取る技術、
新規の炭を火にかけるタイミングを見極める技術、
鰻の厚みごとに火力を調節する技術、
脂を落とす技術、
タレを付けてから焦さずに照りをつける技術…
などなど、炭焼きは多くの人が思っている以上に奥が深いのです。
そうそう簡単には習得ができないから、だから事前に蒸し焼きにして電気グリラーで焼いて、アルバイトでも簡単に焼けるようにしているお店があるんです。つまり、客からそこそこのお金をとって、大した技術もない人間に焼かせて利益を多く取りたいからそういう焼き方になるんです。
でも、本当に美味しい蒲焼を食べたいと思うなら、本物の炭焼き職人が焼いたものを食べた方がいいです。蒸すことなく、炭焼きの技術で鰻を一番美味しい状態まで持っていくことで、本当に美味しい鰻の蒲焼ができます。
炭火の火力は弱火の弱火から強火の強火まで、全部で九段階の火力調節があります。焼き台の中で、一番左は弱火の弱火で、一番右側は強火の強火というようにして火力を調節し、それは手のひらで温度を計って自分の手のひらで敏感に温度管理をしなければなりません。
そして、最初は弱火から中火で鰻の中心に5割くらいまで火を通します。それからタレを付けてタレと脂を炭に落とし、その蒸発した煙で燻焼きにします。何度もタレをくぐらせて、しっかりとタレと炭の香りを鰻に纏わせて、最後には強火で一気に焼き上げます。最後の焼き上げが終わって焼き台から下ろす瞬間には、鰻の中心に9割5分まで火が通った状態にして、盛り付けをして蓋をして最後の「蒸し」でテーブルに運ばれるまでの時間でちょうど10割火が通るように全て計算して焼き上げるのです。
焼き上げる時も、タレに含まれている味醂成分ですぐに焦げてしまうので、ちょうど焦げる直前のいわゆる照り焼きの状態になっていないといけません。そうしないと鰻にしっかりのタレが乗らないか、もしくはちょっと焦げて苦くなります。
中心の火の通り具合、適切な脂量、照り焼き具合、そして外パリの中フワ状態、当然、尻尾側と頭側では火の通り方が違うのでそこも計算して火力を微調整する必要があります。これらのことに注意しながら完璧に焼き上げることができる職人はそうそういません。僕が見てきた中でも、本当に完璧な仕事ができる人は100人に1人とかそれくらいの割合でしょう。
僕もこれまでにずっと焼き台の前に立って、炭焼きの技術を研究してきたからわかるのです。そこまで美味しさを追求して仕事をしている炭焼き職人は少ないのです。なぜなら、そこには並大抵ではない情熱が必要であり、誰よりも「最高の炭焼き」ということに真摯な気持ちで臨む気概が必要だからです。
究極を突き詰めていくと、使う炭にもこだわるようになり、「オガ炭」と「備長炭」がありますが、もちろん備長炭で、その中でもどこの職人が作った備長炭なのかということも追求していくことになるんです。本物の備長炭というのは、いつまでも火が消えず高火力で静かにエネルギーを発し続けるのです。そんな備長炭を使って本物の職人が本物の鰻を焼くから本物の鰻の蒲焼が出来上がります。
炭焼きとはそれほどまでに奥が深いのです。
【美味しい鰻の蒲焼5つの条件】その4:タレの味
タレの味は好みになると思いますが、一番重要なのが熟成度だと思います。
店によってレシピに違いがあるので、ご自身でお好きなタレの味のお店を見つけてもらったらいいかと思いますが、その判断基準となるタレの知識を今から授けます。
よく、「創業80年、継ぎ足し秘伝のタレ」とかそういう文言を目にすると思います。蒲焼のタレというのは糖度や醤油の塩分濃度が高いので微生物や菌が繁殖できないので腐らないと言われています。なので、長年寝かせておいても食べて問題ありませんし、むしろ長期熟成することによって味に深みが出てまろやかで美味しいタレになります。
しかし、お店でタレを使用していると、秘伝のタレでも当然減っていくわけですから、新しく作る必要があるんですね。多くの店ではおそらくタレの残りが容器の7割くらいになったら2割を新しく作って継ぎ足して9割にして、また7割になったら2割継ぎ足すということをやっていると思います。なぜなら、新しいタレをあまりに多く作りすぎて、半分以上になってしまったら、熟成されたタレの味を薄めてしまうことになるからです。
タレを自分で作って熟成させているとわかるのですが、炭火で鰻を焼くときに、タレにくぐらせるわけですよね。もしかしたら、刷毛で塗っているという店もあるかもしれませんが、そのお店は論外なので行かなくていいとして、普通はタレをくぐらせるわけです。そうすると、くぐらせた食材の旨み成分がタレの方にも残るわけです。
お店によってやり方は様々だと思いますが、大きいタレの容器にそのまま焼いている鰻をボチャンと浸ける場合もありますし、容器の上でレードルを使って鰻の上からかける場合もあります。どちらにしても、タレを浸ける工程で、鰻の身の脂とか旨み成分が少しずつ漏れ出すわけですよね?
その漏れ出した旨み成分がタレの容器の中に入り、鰻を浸ければ浸けるほどタレの味が変化してどんどん味に深みが増していきます。なので、新しく作ったタレと秘伝のタレを味見してみると全然違うことがよくわかります。
そして、今日、新しく継ぎ足したタレも、元のタレと混ぜ合わさり、浸けるごとに鰻の旨み成分が追加されていき、また美味しくなっていくというわけです。
なので、「創業80年秘伝のタレ」とは言いつつも、その中身はどんどん入れ替わっているので、創業時のタレの成分はほぼ残っていないと言えます。僕の感覚では、約半年〜1年あれば熟成されたタレが完成すると思っています。毎日食材を浸けて調理していれば、100%新しいタレでも創業1年で創業80年とほぼ同等のタレが出来上がると思います。
そして、その理屈で考えると、やはり鰻を先に蒸してはいけないのです。本来、その蒸す段階で落ちる脂というのはタレの方に移さなければならない脂であり、蒸して脂を落とすということは、タレの味をも落とすことになります。だから関東の鰻の蒲焼は味に深みがないし、パサパサだし、抜け殻のような味になっているのだと思います。
そして、「タレの濃度」ということも考えなくてはならなくて、たとえば、濃い味のタレを作ったとすると、そのタレに3回くぐらせて焼くと仕上がりの味が濃くなってしまって、食べた時に鰻の味よりタレの味が勝ってしまって、鰻の味を打ち消してしまいます。これでは何を食べているのかわからなくなるので、濃い味で作るとしたら、タレは1回か2回にしなければなりません。しかし、そうすると味が中までで染み込むことがないので、どうしても表面的な味になります。
そうすると、仮に極上の極太鰻を使用していたとすると、鰻の味にタレの味がのっているだけ…という状態になり、そこに調和が生まれません。
タレを使用する料理というのは、食材とそのタレが一体となって、口のなかで調和が取れていないといけません。調和が取れていない状態というのは、タレの味が先にきて、その後に鰻の味がするというように、別々に味を感じてしまうことを言います。そうではなく、鰻の味もタレの味も同時に感じることができる状態というのが調和がとれた状態であり、調和が取れていることで、別々に味を感じる時よりも相乗効果で何倍も美味しく感じることができるのです。
使用する鰻の味の濃さとタレのバランス、タレを何回浸けて焼くのか?そういったことを追求していって、最も鰻とタレが一体となるポイントを探っていかなければならないのです。
熟成されたタレというのは、もうそこに鰻のエキスが凝縮されているわけですから、そこに鰻をくぐらせて焼くだけである程度調和の取れた味付けになります。しかし、作ったばかりのタレにはまだ鰻成分が入っていませんから、それだけで調和の取れていない味付けになってしまいます。
さらにそこに、炭焼きの技術で「どのように焼き上げるか?」という問題も複雑に絡んできます。そこまで追求するとまさに調和とバランスです。
そして、もう一つ、タレの味をよくする知識を授けましょう。
「先祖代々」ということがあると思います。たとえば、創業大正元年の鰻屋さんがあったとしましょう。先祖代々歴史を繋ぐ鰻屋さんで、そのお店ではタレが受け継がれているわけです。
もちろん、先祖から受け継いだタレでも、消費していけばなくなってしまうので、どんどん継ぎ足していくわけですが、受け継いだ瞬間は100%あった秘伝のタレも自分で継ぎ足して濃度が50%になり、25%になり、1年もすればほとんど中身は99%以上が自分の味になってしまいます。
しかし、いくら継ぎ足しても決して100%になることはありません。必ず0.00n%は先祖が作った成分が残っているんです。「ほとんど残ってないじゃん」とか、そういうことではないんです。魂の問題なんです。ほんの僅かでも先祖の成分が残っていると言うことは、先祖からその魂を継承した証であり、それこそがうなぎ職人としての誇りとなります。
ぜひ、そういうお店に足を運んでもらいたいと思うわけです。僕みたいな「なんちゃってうなぎの蒲焼研究家」には決して超えられない「本物の誇り」というものがあり、本物から生まれる料理には理屈を超えた美味しさが宿るものなのです。
【美味しい鰻の蒲焼5つの条件】その5:食べ方
最後に食べ方です。個人的には「丼」とか「ひつまぶし」よりも「お重」になっていて、ご飯の上に鰻がのっていない提供方法が好みです。
なぜなら、せっかく炭火で表面をパリッと焼いているのに、ご飯の上に乗せてしまうと、その食感が失われてしまうからです。パリパリの食感が好きではないという人もいるでしょうから、ここは好みが分かれるところだと思いますし、丼にして蓋をすることで提供までのわずかな時間に蒸し状態を作ることができ、ご飯と鰻を調和させるという意味もあります。なので、この辺りは本当に好みになると思います。
個人的なおすすめの食べ方は、鰻とご飯は別提供、あとは肝吸いがあれば十分です。
自分の好みの提供方法をしてくれるお店でないと、結構がっかり度が高くなってしまうと思いますので、その辺りは事前に確認しておいた方がいいと思います。
そして、鰻といえば山椒ですが、山椒は持参しても怒られることはないので、こちらの「飛騨 青山椒」をおすすめします。この山椒は僕と同じくらい鰻が大好きな「うなぎの蒲焼研究家」の方に教えてもらった山椒で、いろんな山椒を試してきましたが、こちらの商品が一番、鰻との相性がいい香りになっていると思いますので是非、山椒が好きな方は試してみてください。
鰻の魅力を全力で語るーまとめー
まだまだ語りたりないことは沢山ありますが、とりあえず、語りたいことは語らせていただきました。で、「あんたのおすすめのお店の紹介はないのか?」というご意見をいただきそうですが、紹介はしません。
特定のお店の悪口も言いませんし、おすすめのお店も言いません。それは、それらの情報というのは自分の舌で鰻を味わうこととはまるで無関係だからです。せっかく高いお金を払うのだから、なるべく失敗したくないという気持ちもわかります。しかし、そうやって自分のお金を使って沢山の鰻屋さんの暖簾をくぐり、自分なりに良いものと悪いものを判断できるようになってもらいたいのです。不味いものと美味しいものはその比較対象があって初めて成り立ちます。だから、美味しくないお店に行くことも勉強なのです。
鰻は奥の深い魚です。今だにその生態は明らかになっていませんし、完全養殖もまだ実用化に至っていません。(2023年7月6日に近畿大学が完全養殖に成功しました)
今後、鰻業界を取り巻く環境がどうなっていくかはわかりませんが、我々はお金を落とすことでしか鰻業界に貢献できませんから、沢山たベて沢山応援していきましょう。しかし、ビタミンAが多く含まれていますから、過剰摂取は禁物です。半年に一度くらいの頻度で食べるのがご褒美感もあって幸福度が高いのではないでしょうか?毎日食べてもありがたみが薄れてしまいますからね。笑
では、よき鰻ライフを!
最後までお読みいただきありがとうございました!
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